大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 平成3年(行ウ)8号 判決 1992年1月20日

原告

黒河内保男

被告

会津労働基準監督署長山口弘之

右指定代理人

大橋弘文

阿部士満夫

鈴木清司

佐藤勉

高柳克弘

村上和雄

目迫仁

中村功

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対してなした昭和六二年八月五日付の労働者災害補償保険法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

一  原告は、昭和二八年六月二五日、福島県耶麻郡磐梯町大字磐梯一三七二番地所在の日曹金属化学株式会社(当時、日本曹達株式会社)会津工場において作業に従事中、コンクリート側壁の一部が倒壊してその下敷きになり、右大腿骨骨折、右膝関節内脛骨骨折、左手第四、五指打撲の傷害(業務上の負傷、以下「旧傷病」という。)を受けた。原告は、そのころその治療を受け、同年一二月一〇日ころ治癒したが、障害等級第七級に該当する障害が残存するとして障害補償給付の支給を受けた。

二  原告は、昭和三八年五月ころ、右大腿骨骨折、右下腿骨骨折、急性右膝関節炎の診断を受けて入院したが、右症状は旧傷病の再発であるとして、同年六月一五日、被告に対し再発認定申請を行い、被告から同年七月六日付で再発の認定を受け、約一年間右会社を休業して治療(右膝関節を伸ばしたままにする手術である右膝関節固定術を含む。(証拠略))を受け、治癒した。

三  原告は、昭和六〇年一一月六日から、渡辺整形外科医院において、変形性脊椎症(以下「現傷病」という。)の診断で治療を受けたが、現傷病は旧傷病の再発であるとして、被告に対し、昭和六一年一〇月三一日療養補償給付の請求をし、同年一二月一〇日付で再発認定申請書を提出した。

四  被告は、昭和六二年八月五日、現傷病は旧傷病の再発とは認められないとして療養補償給付の不支給決定処分(以下「本件処分」という。)を行った。原告は、右処分を不服として、昭和六二年一〇月二日、福島労働者災害補償保険審査官に対し審査請求を行い、同審査官は、昭和六三年三月二四日、審査請求を棄却する旨の決定をした(決定書謄本は、同年四月一六日原告に送付)。原告は右決定を不服として、昭和六三年六月一五日、労働保険審査会に対し、再審査請求を行い、同審査会は、平成三年三月八日、再審査請求を棄却する採決を行った(採決書謄本は、同年三月一六日原告に送付)。

第三争点

原告の現傷病が旧傷病の再発であるか否かである。

第四争点に対する判断

一  労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)に基づく療養補償給付は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合(労災法一二条の八第一項一号、二項、労働基準法七五条)に、当該傷病が治癒する(症状が安定して固定した状態になり、治療を加えても医療効果が期待しえないとき)まで行われる。そして、当該傷病が治癒しても、なお労働者の身体に後遺障害が残存する場合は障害補償給付が行われる(労災法一二条の八第一項三号、二項、労働基準法七七条)が、一旦治癒した後に、業務上の傷病の再発した場合には、再び療養補償給付が行われることになるものである。したがって、右の再発といえるためには、<1>現傷病と業務上の傷病である旧傷病との間に医学上の相当因果関係が存在すること、<2>旧傷病の治癒時の症状に比し現傷病の症状が憎悪していること、<3>現傷病に医療効果が期待できるものであることが必要である。

二  そこで、本件について、現傷病(変形性脊椎症)と業務上の傷病である旧傷病(右大腿骨骨折、右膝関節内脛骨骨折、左手第四、五指打撲)との間に医学上の相当因果関係が存在するか否かを検討する。

1  (証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和三八年に右膝関節固定術等の治療を受けて、再発した傷病が治癒した後、昭和四六年、四九年、五六年ころ、右大腿部及び右膝の痛みを訴えて治療を受けたりしていたが、昭和五九年ころから、従来の右下肢痛に加え左下肢痛及び腰痛(特に春と秋に痛みが激しく、寝返りができないこともある。)を訴えるようになり、渡辺整形外科医院において、現傷病である変形性脊椎症との診断を受けて、本件の療養補償給付請求及び再発認定申請を行った。

(二) 原告は、現在の<1>右下肢痛については、旧傷病の受傷部位であるから、<2>腰痛については、昭和三八年当時の主治医である竹田綜合病院の塩川五郎医師から、将来腰に負担がかかり、腰が痛むことになると言われたことがあるとして、<3>左下肢痛については、右下肢が曲がらないため左下肢に大きな負担がかかるため、いずれも、旧傷病の再発から来る痛みであると考えている。

(三) 渡辺整形外科医院の渡辺光治医師は、<1>本件の療養補償給付の請求書(証拠略)の原告の傷病の部位及び状態欄に「変形性脊椎症」と記載し、<2>本件の再発認定申請書(証拠略)の医師意見書欄には、原告の症状として「腰痛を訴え、腰椎の運動痛、運動制限著明、右下肢障害認める(右膝関節運動不能)」、旧傷病との因果関係については「右下肢障害・跛行の為、側弯と変形性脊椎症を呈する」と記載し、<3>労働基準監督署長に対する意見書(証拠略)には、「右下肢の短縮の為側弯を来し長い年月にて変形性脊椎症になる可能性はあると思います。」と記載し、<4>福島労働者災害補償保険審査官に対する意見書(証拠略)には、「膝関節固定術による変形性脊椎症とは直接因果関係はないが、右下肢約三cmの短縮による軽度の側弯はあると思われます。」と記載している。

2  一方、(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 変形性脊椎症とは、退行変性変化を主体とした病変であるところ、一般にその発症には体質的な素因も考えられるが、ある程度までは年齢的な変化と解されており、加齢によりその度を増すと解されている。また、六〇歳以上では九〇パーセント以上の者に認められるともいわれている。(原告は、昭和四年三月一日生まれで、昭和五九年当時五五歳、現在六二歳である。)

(二) 原告の腰椎には、X線写真上、著明な骨棘形成、多少の椎間の狭小、椎体と下縁の硬化像があり、変形性脊椎症の所見であると認められるが、原告の胸椎についても、概ね腰椎と同様の変化を示している。

(三) 原告の腰痛の訴えは、原告の旧傷病の治癒した昭和二八年一二月から約三〇年(昭和三八年に再発と認定された傷病が治癒してから約二〇年)を経過してからのものである。

(四) 菊井英進医師は、原告に係る認定意見書(証拠略)に、要旨右(一)及び(三)の事実から、右膝と腰痛とは医学経験則上相当な因果関係があるとはいえず、昭和二八年の労災事故を原因とするとの訴えは容認しえない旨記載し、竹田綜合病院の中島俊則医師は、要旨右(一)ないし(三)の事実(なお、原告の下肢長、右七八・〇cm、左八〇・〇cm)を指摘したうえ、原告の変形性脊椎症は加齢的な変化と考えられ、右膝関節固定や右大腿骨骨折との因果関係を認定することは困難である(腰痛と右下肢痛は外傷性の神経障害あるいは骨折の後遺症としての症状のように思われ、腰椎由来の症状ではないように思われる。腰痛は変形性脊椎症によるものかどうか判別しがたい。)旨を記載している。

3  以上の事実に基づき次のとおり判断する。

(一) まず、原告の主張する、右膝関節固定術により腰に負担がかかり、その結果変形性脊椎症となったとの点については、前記三医師ともこれを否定しているところであり、原告の腰痛の訴えが、右膝関節固定術を行った昭和三八年から約二〇年も経過してからのものであることに照らせば採用することができない。

(二) 次に、渡辺医師の「右下肢の約三cmの短縮により軽度の側弯を来し、長い年月にて変形性脊椎症になる可能性はあると思う。」旨の意見について検討すると、同医師は、旧傷病との因果関係の可能性を指摘するが、積極的に医学上の相当因果関係を認めているとまでは解されず、また、菊井、中島医師は、それを否定ないし困難である旨述べており、原告の右下肢長の短縮は約二、三cmで、側弯も軽度であることや、後述(三)の事情を考慮すると、渡辺医師の右意見から、現傷病と旧傷病との間に医学上の相当因果関係を認めることはできない。

(三) そして、前記2の(一)ないし(三)の事実に照らすと(変形性脊椎症は、加齢的な変化により発症する(その度を増す)度合が大きく、原告については、腰椎のみならず胸椎についても概ね同様の変化を示しており、加齢的変化と解するのが素直であって、原告の腰痛の訴えは、旧傷病の治癒等から非常に長期間経過してからのものであることからみても)、原告の現傷病である変形性脊椎症は、加齢に伴う退行変性変化による傷病であると認めるのが相当であり、旧傷病との間に医学的相当因果関係を認めることはできない。(なお、中島医師がその可能性を指摘しているように、仮に原告の腰痛、右下肢痛については、旧傷病による外傷性の神経障害あるいは骨折の後遺症であるとみられるとしても、(証拠略)によれば、それらはいずれも医療効果が期待できるものではなく(治療を継続してみても症状が改善される見込みがなく)、昭和二八年の治癒後の七級の障害補償に含まれて支給されているものとみるのが相当である。)

三  よって、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 手島徹 裁判官 渡部勇次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例